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Posted by だてBLOG運営事務局 at

2016年09月24日

怒りが火を噴くとき

一度火がついた母の怒りは治まらず、何度も頬を打つ。髪の毛を引っ張られる。
その頃は結構身体も大きくなっていたのに、私はいつも無抵抗だった。
「おまえの一番の大罪はあいつに似ているところだ!何で生まれて来たんだ!死んじまえ!」
母は私の父親のことを言っている。でも、私が生まれたばかりの頃に離婚をしているので、どんな人かも分からない。
そんな勝手なこと言われたって知るか!と私は唇を噛む。おまえが勝手に生んだんじゃないか!と。
だけど、やっぱり私は無抵抗だった。
彼女の言う通り、私はお荷物で、邪魔者で、生まれて来てはいけなかったのだと思っていた。そういうふうに洗脳されるまで繰り返し繰り返し、母は私に呪いの言葉を吐き続けた。幼い頃からずっと。
冗談じゃない!と叫んだ。生きてやる。生きてやる。意地でも生きてやる。そして大人になったらこいつを置き去りにしてやる。
ぶたれても蹴られても、その憎しみが支えだった。
母は私が思い通りにならない日も打った。他の事がうまく行かない日も私を怒鳴った。蹴った。
だけど、私は母がくれるものなら何でも貰いたかった。罵倒も暴力も母から貰えるモノの一部だった。
私は母親という存在に、この世で一番の憎しみを抱き、同時にこの世で一番愛していたようだ。今になって思えば。  

Posted by ヴィヴァー at 02:00

2016年09月23日

夜月の蝶

この世に存在してからの一番古い記憶は、先を行く母の背中。
いくら早足で歩いても追い付けない。しまいには置いて行かれる恐怖で必死で走る。
それでも、その時の私は、母の背中に一向に追いつけなかったのだから、おそらくよっぽど幼い頃の記憶なのだろう。
行かないで。行かないで。私を置いて行かないで。
でも、どんどん母の背中が小さくなって行く。
恐ろしくて恐ろしくて何度も夢に見た。
その朝もその夢で目が覚めて、朝から何とも憂鬱だったのを憶えている。
学生時代だった。(そうだ。かなり大きくなるまでその悲しい記憶の夢を見続けた。)
そして私はまだまだ悪餓鬼で、母の庇護の元に生きていた。
それはずいぶん手荒い庇護ではあったのだけど。
学校から貰って来たプリントを母に渡すと、一瞥をくれるなりクシャクシャに丸められた。「こんなもん!糞食らえだ!」と顔面に投げつけられた。
多分、授業参観か懇談会の案内だったのだと思う。
「だいたい、おまえがいるするせいでちっともあたしは身動きが取れないんだよ!」と頬を打たれた。
母は美しく化粧をして髪にはカーラーを巻いていた。夜の仕事や男たちとのデートに出かける前に、いそいそと支度をする母はいつも美しかった。美しく冷たかった。  

Posted by ヴィヴァー at 17:30